【生物基礎】ハーシーとチェイスの実験をちょっと詳しめに解説

遺伝子とその働き
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今回は遺伝子の本体がDNAであることを証明した実験のうち、ハーシーとチェイスの実験について解説していきましょう。

バクテリオファージを用いて、DNAが遺伝物質であるという実証をしたというとても有名な実験です。

ハーシーとチェイスの実験問題の解き方をこちらの記事で解説しています。併せてご覧ください。

T2ファージについて

ハーシーとチェイスの実験には、T2ファージというウイルスが用いられました。T2ファージはバクテリオファージというウイルスの一種で、細菌に感染するウイルスの一種です。

T2ファージは、タンパク質とDNAからできています。タンパク質からできた外殻とDNAがあり、外殻は頭部尾部に分かれています。DNAは通常頭部に格納されています。

T2ファージはタンパク質でできた外殻(頭部と尾部に分かれる)とDNAからできている

まずファージは、大腸菌の表面に付着します。すると、足のような尾部繊維で大腸菌としっかりくっつき、大腸菌の細胞壁と細胞膜に穴をあけて、注射器のようにファージのDNAを注入します。

注入されたファージのDNAは、大腸菌がもともと持っているDNA複製機構を利用して複製されていきます。また並行して、大腸菌がもともと持っているタンパク質合成機構を利用してファージの外殻を合成していきます。

その後、複製されたファージのDNAや外殻が組み立てられ、たくさんの子ファージが大腸菌内にいる状態になります。最終的には子ファージたちは大腸菌の細胞膜と細胞壁を破壊し(溶菌と呼びます)、外に出ていきます。

この一連の流れは約20~30分程度で行われます。

T2ファージは大腸菌に感染し、DNAを注入し、大腸菌の中でDNAと外殻を複製し、組み立てられた子ファージは大腸菌を溶菌して放出される。

大腸菌は糖とペプチドから成るペプチドグリカンという成分でできた細胞壁をもっています。子ファージは、このペプチドグリカンを溶かすリゾチームという酵素を分泌し、内側から細胞壁を破壊することによって大腸菌の体内から外に出ます。
エイリアンみたいですね。

このバクテリオファージは細菌にのみ感染するウイルスであり、人体には基本的に無害です。その為、特定の細菌を殺菌する殺菌剤としてバクテリオファージを活用する研究が進んでいます。
アメリカでは、食中毒菌であるリステリア菌、O157、サルモネラ菌などの細菌に対して、それぞれ感染し殺菌する効果を有するバクテリオファージを活用した製品が認可されています。

ハーシーとチェイスの実験

では、ハーシーとチェイスの実験の解説をしていきましょう。

まずは標識です。この操作では、ファージのタンパク質もしくはDNAに放射線を出す放射性同位体を組み込みます。

タンパク質は硫黄(S)が含まれていますので、硫黄の放射性同位体である35Sをファージに含ませます。DNAにはリン(P)が含まれていますので、リンの放射性同位体である32Pを含ませます。このどちらかの操作を行います。

タンパク質の主な構成元素はC、H、O、N、SでありPは含まれません。
DNAの主な構成元素はC、H、O、N、PでありがSは含まれません。

例えば35Sで標識したうえで、ある部分から放射線が検出されれば、そこにはタンパク質があるということになります。
32Pで標識したうえで、ある部分から放射線が検出されれば、その部分にはDNAがあるということになりますね。

次に、35Sあるいは32Pで標識したファージをそれぞれ大腸菌に感染させます。ファージは大腸菌の表面にくっつきますが、その後すぐに培養液をミキサーで撹拌し、大腸菌にくっついたファージをはぎ落します

ハーシーとチェイスの実験:標識した大腸菌を感染させたのち、ミキサーで撹拌して振り落とす。

その後、遠心分離を行います。そうすると、重い大腸菌は下に沈殿し、軽いファージは液体の上澄みに残ります。その後、35Sで標識した方と32Pで標識した方で、どちらの分画から放射線が検出されるのかを調べました。

そうすると、35Sで標識した場合は放射線は上澄みの分画で検出され、32Pで標識した場合は放射線は沈殿の分画から検出されました。つまり、ファージのタンパク質は上澄みにありましたが、ファージのDNAは大腸菌の中にあったということです。

これが何を意味するかというと、ファージのタンパク質は大腸菌に取り込まれませんでしたが、ファージのDNAは大腸菌の中に入ったということです。つまり、ファージが大腸菌へ注入し、次世代を増幅させるために活用したのはDNAであり、遺伝子の本体はDNAであると判断できるという訳ですね。

さらにこの実験には続きがあります。
32Pで標識した条件でファージを大腸菌に感染させたのち、ミキサーで外殻を振り落とし、遠心分離で外殻を含む上澄みと大腸菌を含む沈殿を分けます。大腸菌を再び培養液に懸濁してから30分ほど待って、子ファージが増殖してからミキサーで攪拌・遠心分離を行います。

すると今度は、沈殿部分からではなく上澄み部分からDNAが検出されました。つまり、上澄みに含まれている子ファージの中に標識されたDNAがあったということですね。これによって、子孫へ受け継がれる遺伝物質がDNAであることが確認できました。

この実験からわかったこととしては、「次世代のファージに受け継がれた物質はDNAであった」ということです。これにより、遺伝子の本体はDNAである、と結論付けることができました。

子ファージのすべてから放射線が検出されたわけではないというところには注意が必要です。

子ファージの材料となるDNAは、親ファージが注入したものもあれば、大腸菌内で新しく複製されたものもあります。親ファージのDNAは標識されていますが、大腸菌内で複製されたDNAは標識されていません。ファージのDNAは、大腸菌がもともと持っているヌクレオチドを使って複製されていきます。したがって、親ファージのDNAを用いて組み立てられた子ファージからは放射線が検出されますが、大腸菌内で複製されたDNAを用いて組み立てられた子ファージからは放射線が検出されません。

まとめ

ハーシーとチェイスの実験について解説していきました。

全体像を理解するのは簡単ではありませんが、医学部や難関校ではときたま問題の元ネタになるので、しっかりと理解しておくと役立つでしょう。

ちなみに、今回紹介した実験は彼らが発表した内容の一部です。この実験に関する論文は今でも読むことができます。もし興味がありましたら読んでみてはいかがでしょうか?

Hershey A, Chase M (1952). “Independent functions of viral protein and nucleic acid in growth of bacteriophage”. J Gen Physiol. 36 (1): 39–56. doi:10.1085/jgp.36.1.39

ちなみに、ハーシーは「ウイルスの複製機構と遺伝的構造に関する発見」の功績により1969年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
チェイスは女性研究者で、この発見を行ったのは若干27歳のころでした。しかしノーベル賞を受賞することはなく、その後の人生はあまり輝かしいものではなかったそうです。当時の女性研究者が置かれた環境なども影響したのかもしれませんね。

それでは!

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